2015年01月01日

大日向から見る浅間山

karuizawa_0157.jpg

軽井沢に近くて遠い場所。

大日向公民館の"開拓の礎"を見て、
あるドキュメンタリーを思い出しました。
ここは浅間山が間近に感じられる場所ですが
"リゾート"軽井沢町とは
全く異なる歴史を持っています。

→ 長野放送 "大日向開拓物語"

大日向開拓物語(長野放送)他参照
戦前、現在の佐久穂町にあった大日向村は
耕地が少なく全村民が食べていくだけの
食糧が得られない厳しい環境から、
村を二分する満州への分村移民を
全国で初めて本格実施した。

ところが、村民達の生活は敗戦で一変する。
襲撃や厳冬の寒さ、極度の食糧不足から
村民の半数、350人が犠牲となった。
やっとの思いで帰国したものの、
故郷大日向村に住む場所はなく、
そのため、65世帯165人が
昭和22年2月、荒涼とした浅間山麓の
カラマツ林の原野に入植し、
再び"大日向"と名付けて開拓を始めた。

昭和22年10月、
昭和天皇が巡行され、開拓民の前で励ましと
「苦労をかけてすまなかった」
と述べたという。
ある開拓民は「生涯で一番苦しかったのは
軽井沢だ。あそこはすごい所でしょ?
火山岩や火山礫がゴロゴロしていた。
何にもできないから放ってあったんですね」

しかし、日本の経済成長とともに
大日向もその姿を変え始める。
軽井沢は日本を代表する避暑地として発展。
彼らが切り拓いた農地の多くは今、
別荘地や耕作放棄地に変わってしまった。
ラベル:浅間山 雪景色
posted by BA812 at 16:07| 長野 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 追分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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