2016年11月02日

堀辰雄文学記念館の紅葉

karuizawa_0208.jpg

堀辰雄の遺した書庫。

ウィキペディア参照
昭和19年1月に"樹下"を発表後、
疎開先の追分から帰京後に喀血。
絶対安静の状態が続き、
9月に追分に借りた家へ移る。
療養に専念しながら、
昭和21年3月"雪の上の足跡"発表。
それ以降は病臥生活に入る。

昭和26年7月に追分の新居に移るが
病状が悪化し、書庫の完成を見ぬまま、
昭和28年5月28日に
妻多恵に看取られ永眠。

長編物語"菜穂子"に登場した
追分村の人々の挿話小品、
"ふるさとびと"を発展させたものを
書きたいという抱負を持っていたが、
果たせないままとなった。
posted by BA812 at 01:16| 長野 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 追分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック